●北方領土返還を願ってマラソン展覧会● この年北方領土返還を願い、道内二十都市をリレー式で回る"マラソン展覧会"を行いました。本間は当時、表紙が納沙布岬の画集灰色の旅情を自費出版しており、知人のアートディレクターと話すうちこの企画を思いつき、北方領土復帰期成同盟が後援してくれることになりました。 短期間の展示ではその場限りになってしまうので、北方領土にゆかりのある絵を一枚ずつ、二週間ごとに変えて一年間絶え間なく飾る方式にし、根室市のほか網走・北見・紋別・釧路など道内二十市の公民館や市民会館を会場に選びました。 展示されたのはどれも100号の力作ばかりで、納沙布岬や国後島などオホーツク海を題材にしており、同じ北海道の海でも故郷・余市町が面する日本海とは違った、計り知れない厳しさと美しさを表現した作品でした。 当時、「北方領土の復帰は非常に難しいだろうが、北海道に生まれ育った画家の一人として、復帰運動に協力できるこの展覧会は最後までやりとげたい。一人でも多くの人達が『次はどんな絵が展示されるのだろう』と関心を寄せてくれるようになれば、復帰運動にも必ず役立つと思う」と語っていました。
●第一回日本・スペイン現代絵画トリンエナーレ展で入選● 「雪の朝/シルクスクリーン40号」が、第一回日本・スペイン現代絵画トリンエナーレ展で入選し、スペインバルセロナ市・ヴィレナ宮殿で開催された同展にて公開されました。本間は美術団体には属しておらず、それまでは国際公募展にも応募することはありませんでしたがこの時は知人の勧めで出展を決めています。 同展は欧州美術クラブと、スペインで最も芸術への関心が高いバルセロナ市の主催でこの年初めて開かれました。作品の審査を開催国の審美眼に委ねている点が大きな特徴で、スペイン画壇の第一人者や宮殿館長が審査団を務めることから、国際公募展審査の理想を具体化しているとされる展覧です。本間はこの時「版画の世界は刷り師という裏方がいてはじめて成立つもの。いつも手伝ってくれている久保田君に感謝したい」と話していました。 ●故郷余市に油絵を寄贈し、後に紺綬褒章を受賞● 道内を転々とする生活を続けていた本間が、望郷の気持ちを絵筆に込め、「余市川暮色」と題する大きな油絵(二百号)を生まれ故郷・余市町に贈りました。友人の一人から「開町80年を記念して建設されている3階建ての公民館のロビーに君の絵を展示したい」という電話があり、これを受けてのことでした。 青春時代、野球部に所属していたニッカ工場裏の余市川を中心にスケッチをし、題材を検討した結果、十勝平野の美しさと並び称されている余市川の夕映えにテーマをしぼっています。 当時「余市川でフナを釣ったりして楽しんだ思い出が、絵を描いていると次々とよみがえってきた」と語っており、油絵の評価額が紺綬褒章対象の評価額を超えていたことから、町が申請をした結果1981年、画家としては非常に珍しいケースである紺綬褒章を受賞しました。 またその頃すでに苫小牧に住居を構えていたことから、「第二の故郷である苫小牧市にも、施設に絵を贈ったり催し物のデザインを行うなど貢献をしていきたい」と語っています。 ![]() 褒章の記 本間武男 昭和五十五年五月公益のため多額の私財を寄付したことにつき、褒章条例により紺綬褒章を賜ってこれを表彰せられた 昭和五十六年三月二十八日 内閣総理大臣 鈴木善幸 総理府章勲局長 児玉正任 |