■□魔力を見直す
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 安田火災の後藤康男社長からお声がかかった。あのゴッホの「ひまわり」を五十三億円で買った人である。昭和六十二年ごろだったろう。当時、マスコミでも大きく取り上げられ、経済大国・ジャパンマネーの威力を語る象徴的なニュースとし、大きな話題になったのを私も知っていた。



 いくらゴッホがいい絵だからといって、お金にまかせて名画を買い集めるというのは成り金趣味のようで眉をひそめたくなる。絵かきのはしくれとしてはこういう絵画の買い方は気に入らぬ。人柄も知らない。最初、私は後藤社長に対して不信感のようなものを持っていた。社会のためにもっと意義のあるお金の使い方があるのではないか、と思っていたのである。



 しかし、お会いして私は感動した。話をするうち、東西の美術、文化に対する造詣(ぞうけい)の深さ、見識の確かさに感心した。そしてゴッホ、特にこの絵が本当に好きなのだ。私はこの人を通じて文化の意味、貴さを改めて意識させられた。また、本物の美術を見る洞察力と、よいと思ったらそれを迷わず手にいれる、作者に作品を描かせる決断力においては、今日の日本の経済人の中でも一 二を争う人だろう。



 後藤社長は私に、「ゴッホを意識して、本間のヒマワリを描いてごらん」と勧めた。二メートル×三メートルの絵である。



 実際のところ、私はそれまである先入観でゴッホを見ていた。しかし、実際のひまわりに触れ、後藤社長と話をするうち、改めてその素晴らしさを認めない訳にはいかなかった。世界中の人を引き付けてやまない魅力、ゴッホの魔力を素直に見直してみた。



 明るい光のシャワー、風景や対象に肉薄する目、色彩、邪念のない澄んだ心と自己主張、激しさと無垢な絵心―。私の稚拙な言葉ではどうこう説明しきれない感動があるのだ。



 何十億円にも、ゴッホの絵はびくともしない。それが素晴らしい。ゴッホがこれほど素晴らしいとは思わなかった。私は、後藤社長のすごさに心から尊敬の念でいっぱいになった。



 人は出会いによって大きく変わる。宇宙飛行士が地球に帰って人生観が変わるように、私はゴッホの絵に神を見たのである。今でもそんな思いがしている。



 私は、それまで光と陰の立体感にのみ囚(とら)われていたようだ。絵かきとして目に見えない素晴らしい物の存在をはっきり知ったのである。