世界の平和を願って 





〜 ジョンレノン平和記念碑/広島原爆の火 〜














制作  1988年/本間武男
題字「こころ」 書道家 町春草さん
オノヨーコさんからのメッセージ 「夢をもとう 1988 なつ ENIWA」
植樹された木 モクレン
モクレンの花言葉 「自然への愛」「持続性」
原爆の火 同年秋に設置
※ オノヨーコさんの碑については倒れる恐れがあるとのことで現在市が保管しています。











過去〜現在、そして未来へ


 写真は世界平和の願いを込めて本間が制作した、世界で2つ目であったジョンレノン平和記念碑です。




 本間は1929年に北海道余市町に生まれ、青年時代に道内各地を転々とし、広告・宣伝の仕事をしながら画家としての活動も広げました。その後「一年にひとつずつ世の中の役に立つことをしていきたい」と語って、画家や版画家としての創作活動を平和や福祉に生かすことを長年ライフワークとしてきました。晩年には北海道恵庭市より誘致を受けたことをきっかけに北の平和の拠点・世界平和の拠点作りに意欲を見せて、オノヨーコさんに許可を頂いて1987年にジョンレノン氏の平和記念碑を制作することになり、翌年オノヨーコさん・恵庭市と共に完成式を行っています。




 生前私たちには何も語ることのなかった本間でしたが故人となって2年の月日が流れた現在になり、弊社は本間と協力して下さった皆様の思いを引きついで、地域に留まらず世界の平和と緑の再生に取り組むことが必要ではないかと考えて、本年4月に今後協働のパートナーとなるべく北海道恵庭市へ、平和的植樹活動"PEACE&GREEN PROGECT(案)"を提案しております。(詳細につきましては、当活動への着手が決定しましたらご報告します)。





 かつて放浪の画家と呼ばれた本間が、晩年になり創作活動の拠点、更には地域の発展を願い世界平和の拠点とするべく尽力したここ北海道恵庭市は、北の玄関口・千歳空港がある千歳市と、豪雪の大都市・札幌市との中間に位置するまちで、市内を流れる幾つもの川の恵に潤い、過去には活力とやすらぎのあるまちづくり、現在では"水・緑・花"をテーマとした市民(民間企業)との協働によるまちづくりを進めてきており、後世を担う子供達の教育に力を入れています。





 当サイトでは画家(版画家)としての側面だけでなく一人の人間としての姿もご紹介していますので、本間とご協力くださった皆様の思いを感じ取って頂いた上で、恵庭市との協働による平和的植樹活動"PEACE&GREEN PROGECT(案)"が実現した際には温かい目で見守って頂ければ幸いです。




 尚、ジョンレノン平和記念碑があります博物館"仏像彫刻記念館(後の本間コレクション・2004年閉館)"についてはこちらをご覧ください。


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