2008年11月10日
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前回本間を白樺町の市有地へ誘致した際の諸条件や開発行為の許可、平成3年以降の正式な教育文化ゾーン整備計画等について資料の提示を求めたところ、本日再び話し合いの場を持つことになりました。
恵庭市によると本間を白樺町に誘致した際の諸条件は不明とのことで、平成4年版の教育文化ゾーン整備計画・調査報告書のみ回答(書類の提示)がありました。
市側の出席者は6名で、本間(誠)の話によると次回は市長と面会することになりそうだとのことです。
今回市側からは昭和62年に本間が恵庭市へ向けて書いた手紙のコピーを受け取りましたが、この手紙は本間と既存の博物館的施設が知り合いであったことから、当時一緒にやってみるのはどうかという話が出ていて、本間が既存施設と隣接している市街化調整区域の牧場地区に建物を建てることを希望している内容です。
そこで「水と緑のやすらぎプラン」を進めていたこともあり恵庭市が教育・文化行政の一環である「心のふるさと恵庭」計画に本間の施設を盛り込み北海道へ打診をしたところ、市街化調整区域へ仏像の展示施設を建設するには民法第34条に基づく法人化や学芸員の配置など博物館法に沿った施設とすることを提案されたため、条件の不一致となって誘致先が変更となりましたが次の土地も埋め立てたばかりの市有地(スポーツ施設用地)でありさまざまな制約等があったと思われ(本間はすぐに正式な建物を建てることができると思っていましたので何も知らされていなかったのでは?と思います。)、そこへ文化の十字路計画が立案されたり民間活力の導入が謳われ、その結果現在へ至ってしまったのではないかと考えています。
以上大まかな流れはこういった感じかと思いますが、内容が変わることも予想されますので参考程度にご覧くださいますようお願いいたします。
そのほかの詳細につきましてはもう少しお待ちください、年内には解決へ向けて大きく動くことになりそうです。 |
2008年11月04日
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10/20に恵庭市がまとめた「本間武男氏誘致経緯」と「本間コレクション経過」を受けとりましたので、当社も諸問題の解決へ向けて資料等をもう一度探してみたところ、幾つか重要となる書類がでてきましたので、午後一時に本間誠が恵庭市役所まで出向き担当者2名へ事情説明と資料を提示してきました。(10月末に電話でアポイントをとっていました)
内容が複雑になりますので今はまだご説明できる状況ではありませんが、当社としては仏像彫刻記念館(本間コレクション)の設立〜閉館について恵庭市民やご協力いただいた方々への説明義務があると考えており、いずれ当サイトでも再びご説明する予定でいます。 |
2008年10月20日
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弊社社長である本間誠と恵庭市職員との話し合いが行われました。市職員の数は前回より減って6人(くらい)とのことで、当時、既存の博物館的施設(市の公共施設ではないです)と本間の施設をリンケージさせて相乗効果を図る案があり、昭和61年に水と緑のやすらぎプランを策定した恵庭市が最初の声をかけたこと、その後恵庭市と本間が一緒になって計画を進めることになったことがわかり、管理人としても今回の話合いはとても有益だったのでは・・と思っています。
時系列についても、恵庭市が手元にあるものをまとめてくれましたのでとても助かりました。
しかし内容はとても複雑で、両者とも手探りで進める感じになるかと思いますが、協働の第一歩を踏み出せたことをとてもよかったとかんがえています。
秋の青空のように経緯がスッキリと澄みわたるには時間がかかりそうですが、恵庭市の事情もありますのできちんとした移設場所が決まるまで平和記念碑を仮の場所へ移動することも了承しており、その際はオノヨーコさんご本人へ現在の話合いの内容も含めたこれまでの途中経緯を一旦ご報告させていただく予定です。
それと今回、両者が一緒に経緯の確認をすることになりましたので、「夢をもとう」のページにあった「仏像彫刻記念館経緯」のページは外しました。本間のそろえた展示物についてなど、簡単な経緯は手直ししてすぐにアップする予定ですが、詳細はまだ先になるかと思いますのでよろしくお願いいたします。 |
2008年08月27日
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弊社社長である本間誠と恵庭市職員8名による話し合いが、午後5時半より市役所応接室にて行われました。顔ぶれは前回5月27日と同じで、1名が事情により欠席していた様子です。
内容について詳しくはかけませんが話がまとまるまでもう少し時間がかかりそうですので、ラジオの取材(お昼の番組です)を楽しみにして下さっている皆様はもう少しお待ちくださいm(_
_)m
ご協力いただいた皆さまへも、早く説明できる日が来るといいなと思っています。 |
2008年8月21日
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8/20にラジオ番組の担当者様より平和記念碑を番組で紹介したいとのお話をいただきました。本間コレクション閉館後はメディアからの要請はすべて断ってきましたが、今回は恵庭市にも確認を取った上で取材を受けることを約束しました。
番組の中で経緯など説明する必要が出てくることから、前回より間隔があいてしまっていた恵庭市との話合いの場を近々持つことになりましたので、進展がありましたらご報告いたします。 |
2008年5月27日
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弊社社長本間誠と市職員9名による第一回目の協議が行なわれました。PEACE&GREEN PROGECT(案)についての協議をする前に、これまでの経緯について市民やご協力を頂いた皆様へ、正確な経緯を説明し理解を得る必要があるため、今後確認作業を進めることになりました。
また現状を鑑み、協働の第一歩として跡地の整備を提案し、平和記念碑のレンガの修復は弊社が行い、その他は市の所有になっていることから恵庭市が整備することになりました。(ですが恵庭市による敷地内の整備は中々行われず、弊社が手作業で少しずつ草刈や枯れ枝の処理・ゴミ拾い等を行い、北海道サミット終了後の7月中旬にようやく恵庭市が機械による草刈をしてくれました)
なお跡地について、市によると売却の方針とのことでした。 |
2008年4月
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本間が平和記念碑の製作に至った経緯や、本間コレクション閉鎖までの経緯を熟慮した上で、"道と川の駅"の施設内ではなく隣接する土地に平和記念碑のためのスペースを設けて、世界へ平和と緑のメッセージを発信する植樹活動「PEACE&GREEN PROGECT(案)」を弊社より提案し、これまでの経緯についても市と話し合いの場を持つことができました。 |
2007年〜2008年3月
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恵庭市よりジョンレノン平和記念碑について撤去を要請されていたなか、市民や経済界などから"道と川の駅・花ロードえにわ"へ移設する案が出ました。しかし移設後について詳しい話は聞かされておらず、場所的にも疑問を感じて商業的利用とならないよう要請をしていました。 |