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● 国内におけるシルクスクリーン版画の第一人者 ●


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 版画家・本間武男の集大成であるシルクスクリーン版画は、パステルの柔らかさや水彩画の透明感・ポスターの発色の良さなど、実に様々な要素を兼ね備えた版画の技法で、別名セリグラフとも呼ばれています。本間は1950年代中頃からシルクスクリーン版画の研究をはじめていて、1970年頃に現在の技法による作品製作し発表しました。




 1970年代当時、海外のポップアート界において既にシルクスクリーン技法は用いられていましたが、風景画としては世界でも先駆者であり、国内では第一人者となります。和風な色合いが新鮮であったことも含め、当初、国内に留まらず海外でも高い評価を得ました。







● 本間武男シルクスクリーン版画の製作手順 ● 


8色刷りの場合


@ 光を通す透明なフィルムを8枚と、シルクのメッシュを張った版を8枚用意します。
A 風景を肉眼で色分解し、筆とオペーク(光を通さない特殊な茶色い液)を使って、1色ずつ透明なフィルムへ直に描いていきます。色分解された風景のフィルムが計8枚出来上がり、これがセットで1枚の絵の原画となります。晩年には苦労もありましたが、本間の肉眼による色分解と筆運びのスピードには特筆するものがありました。


※やつサイズの版画「初夏の樽前山」の原画フィルム7枚のうち4枚をご紹介します。





茶色のオペークと筆を使って、風景を1色ずつ透明フィルムに描くとこういった感じになります。(一番左の原画は空と草を同じフィルムに描いています。)





B 薄いシルクのメッシュを張った版の両面に、乳剤(光をあてるとインクを通さなくなる液)を薄く均一に塗り、乾燥機で乾かし一晩落ち着かせます。ここからは共同制作のパートナーである刷職人の仕事です。
C 乳剤が乾いた版に@のフィルムを張り、感光機で強い光をあてます。光をあてることで、インクを通す場所(オペークで描かれた部分)と通さない場所(乳剤が光で固まる部分)ができます。
D 感光が終わったCの版を水洗いし、固まらなかった乳剤を洗い流し、版を乾かします。
E インクを練って、しっかりと固定した版の下に画用紙を敷き、スキージを使って薄い色から一色ずつ刷り上げていきます。本間の作品は"ぼかし"というグラデーションが特徴で、空や草原を表現するのによく用いられました。インクの練り具合や画用紙のゆがみ、温度・湿度などで刷りムラが出来やすく、慎重さが求められる作業です。
F 塗ったインキが完全に乾くのを待って、Eを8色分(8回)繰り返し、半透明色で陰を付けたら完成です。刷り上った作品にはそれぞれ直筆のサインと作品名、エディションナンバーが付けられています
G 感光し固まった乳剤は水では落ちないので、版を特殊な液を使い洗浄し、全ての工程が終了します。







● 版画家としてのあゆみ ●



 広告・デザイン業の傍ら水彩やパステル、油絵などを中心に幅広い創作活動を行っていた本間が、初めてシルクスクリーン版画を手がけたのは第二次世界大戦の終結からおよそ10年、敗戦国の日本にようやく明るい兆しが見え始めた1950年代のことでした。




 当時、恩師である宮崎信吉先生が木版画の製作をしており、宮崎先生に師事していた先輩・斉藤清さん(後に世界的な木版画家となりました)が国際展で入賞したこともあって、本間は版画の世界に自分も風穴を開けようと持ち前の好奇心で新たな技法を模索し、商業技術であったスクリーン技法に着目して顔料を自ら調合したり、シルクのメッシュの代わりに布と油紙をアイロンで張り合わせ製版するなど色々な研究を重ねました。その後北海道内を転々としながら油彩画やパステル、水彩画など様々な手法で風景画を描き、そんな中で1974年にシルクスクリーン版画の個展を全国で開くことになって、版画家としての第一歩を踏み出すことになりました。




 当時、手頃な価格のシルクスクリーン版画が絵として中々認められない中、数年をかけ各地を巡り個展を開催。東京にて行なった展覧会でお客様より高い評価を得たことをきっかけに、ようやく国内の絵画業界でシルクスクリーン版画が認められることとなります。現在ではシルクスクリーン版画は広く認知をされるようになって店頭でもよく見かけるようになり、様々な技法を織り交ぜたミックスメディア法など版画の世界もどんどん広がりを見せているようです。




 版画家として脚光を浴びた本間は、北海道苫小牧市内に工房を構え、刷り職人と共に第一線で創作活動を続けました。売上げを全てネパールへ寄付する個展の開催や、バングラディッシュ支援のためのカレンダー制作など、版画家としても平和や福祉活動に力を注いできました。



本間は2007年11月に生まれ故郷である北海道余市の地に永眠(享年77歳)しましたが、昨今では機械刷りの作品が大半を占める中で本間武男シルクスクリーン版画は数多くの工程を全て手作業にて行ない、25年もの長きにわたり製作され続けました。その作品数は1,000点以上にも上り、故人となった今でも数多く残されています。



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